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俳優、ほとんど声優の坂東尚樹です。

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174 声優になれない呪文 終章

『ちょっと待ってください』「出演者」にはドラマの進行を止める権利がありません。求められているのは、自分の事情を曲げて全体の流れに合わせられる人だけです。『なんか疲れるんですけど』『そこまでやらなくちゃいけないんですか?』「声優」はやったふりではなく本当にやっているので「役」によってはかなり疲れます。「文章を読み上げただけで演技した事になる仕事」と思い込んでいた人は、この現実を受け入れるのに時間が掛かります。そうして出遅れ、ついていけないまま通学期間を終えてしまうようです。『…と言われたので』『…じゃないんですか?!』「声優ごっこ」ではなく本当に「プロの声優」を目指すつもりだったら、今後は「素人」の意見に耳を貸さないようにしてください。「声優業だけで生活した事が無い人」の話には、プロを目指すのに障害になる「勝手な憶測」や「売れない理由」がギッシリ詰まっています。ちなみに、 一番身近にいて一番危険な素人は、「声優養成所」のクラスメイトと「あなた自身」です。『今のは合ってますか?』「声の演技」は様々な要素の組み合わせで成立しています。「巻末の正解集」みたいに単純なルールはありません。「世の中」と同じです。『自分は必要を感じませんでした』『自分には自分なりのやり方が…』 多くの養成所に年令制限があるのは、ある年令を越えると自分の価値観が固まってきて、「自己判断」を優先し始めてしまうからです。「制作者側の必要」より「自分の必要」やルールを大事にしてしまう人は、アーティストを気取った「モンスター視聴者」に過ぎません。『そのつもりだったんですけど』「つもり」は録音できません。「現場」は大抵時間がありませんから、失敗した経緯や理由をダラダラ説明し始めてしまう人は敬遠されます。『そのかわり…を』『…ができない分…で頑張る』「下手」を、「気持ち」とか他のものでカバーできると思っている人は「声優業」に向いていません。あなたは? 注文と違う商品を押し付けられても不愉快にならないのですか?『…で判断しないでほしい』『本番で判断してほしい』 大金を投じてあなたを雇った制作者には購入部位を選ぶ権利があります。一方、「売れる人」は「選ばれ方」を選びません。どの部位も等しく美味しいからです。 新人どうしの技量の差なんて当人たちが考えているほど大きくはありません。最後の最後は「社会性」や「好感度」で選ばれたりします。「世の中」と同じです。『人数が多くてちゃんと実習させてもらえなかった』 じゃあ、残った人は何で残れたのですか?『絶対にあきらめない』「通学」が「努力」の内に入ると思い込んでいる内は何度チャレンジしても同じです。どうしても再チャレンジしたいのなら「自習」や「自主トレ」を自分自身に馴染ませてからにしましょう。「教わりたい」とか「習いたい」と言う人には大抵「やる気スイッチ」がありません。どうも「養成所」を「読売文化センター」の朗読教室なんかと勘違いしている人が多いようです。『声優になりたいという自分の気持ちを大切にして…』 出た! 最凶最悪の呪文! 上にいけなかったり事務所に入れなかった人が、あきらめきれずに続けようとする時、必ず口にする強力な呪文です。この言葉を口にして成功した人はいません。「声優養成所」に入る前の人が口にしても効果は同じです。「画面の向こう側」をよく見てください。 そこで繰り広げられているドラマに「声優」とか「あなた」は登場していますか? 出ていません、ね? 雇用者側がギャラを支払うのは「声優らしさ」や「あなたの気持ち」に対してではありません。雇用者が想定した通りの「役の気持ち」を視聴者に届けられる能力に対してです。 で、あなたは? 雇用者がいらないと言ってる方を大切にすると……?『声優というものが分からなくなってしまって……』 だんだん分からなくなってきたのではありません。「何ひとつ分かっていなかった」という現実がやっと見えてきただけです。ちょっと遅かったかもしれません。《声優になれない呪文 了》

173 声優になれない呪文 その2

『声優になって…を見返してやる』 楽しみたくてテレビを点けた視聴者に、あなた個人の「敵愾心」をぶつけても共感してはもらえません。それはいわゆる「誤爆」です。「声優」は「自分の気持ち」を吐き出している訳ではありません。あなたが登場人物に自分の気持ちを代弁してもらったような気になれたのは、「声優」ではなく「原作」や「脚本」が優れていたからです。「声優」や「俳優」は、自分の心や肉体を材料にして「役」という架空の存在の実体化を請け負う「職人」です。アーティストと言うよりも「イタコ」  とか「依り代」 に近い職業です。自分ではない「他人の人格」を丸ごと1人分引き受けるのですから、「本人」の思いや目的は邪魔になります。『しゃべりで食ってく』『しゃべりを仕事に』「しゃべっている」という表面しか見えていないとしたら「声の演技」は無理かも……『本気で…』『一生懸命…』『やる気はあります』 そうでない人が1人もいない世界なんですから、そこをアピールしたって「頭が悪いんだな」と思われるだけです。「なりたい」というファン心理を「やる気」と勘違いして始めてしまった人は、1人の例外もなく自分の「やる気不足」に裏切られて敗退しています。あなたは? 自分好みの「役」じゃないと「やる気」が出ないコドモではありませんね? 『入りやすい、厳しくない、なりやすい…   …養成所はどこですか?』 倍率数十倍の「買い手市場」に対して自分の方から条件を提示できると思っている時点でもう終わっています。たとえどんなに素晴らしい「養成所」に行ったって、あなた自身に「才能」が無かったら「声優」にはなれません。 だから、どこかの質問掲示板で「ウチの近くで良い養成所はありませんか?」という質問を見かけた時には驚きました。読み返してみたら投稿者が本気だったのでもっとビックリしました。 『どれくらいで声優になれますか?』 それは「あなたの才能」次第ですから、こちらからはっきり申し上げる事はできません。ですから、どうかお願いですから、勉強を始める前にあんぽんたんな「成功計画」を立てるのだけはやめてください。3ヶ月掛かるトレーニングをあなたの気合いで1ヶ月に縮める事はできません。 どうも「コツを習いさえすればできるようになる」という迷信が蔓延しているらしいのですが、「役作り」は役ごとにやり方が違うので、1役か2役分のやり方を覚えたくらいでは「仕事」になりません。「声優」として選ばれるのは「役」ごとに自力で答えを捜し当てられる人です。これを言うと皆さん嫌な顔をなさるのですが、「コツ」ではなく「数」なんです。『最低何点取れば?』『最小限必要な事は?』「トップ数人」しか選ばれない競争に参戦するのに、なぜ最後尾の情報が欲しいのですか? 強いて言うなら最低点は「全教科満点」です。その先に現れるのが「才能」です。『すぐ消える声優にはなりたくないのでじっくりと…』『基礎を丁寧に教えてもらえば…』 ドラマの制作進行は視聴者が想像しているよりもずっと速いので、なんやかやと時間の掛かる人は敬遠されます。「声優」は、全体を把握してから行動したい人や、手取り足取り教えてもらいたい人には向いていない仕事なのです。 経験上、どんなに丁寧にお世話をしても「種(才能)」の入っていない土から芽が出る事は無いと断言できます。確実に「芽」を出したかったら「養成所」に行く前に自己負担で「種」を仕入れておかなくてはなりません。「種」が何か分からない人は……『アニメをたくさん観て勉強しておかないと……』 その「勉強」が役に立つのは「テレビを観ている人」を演じる時だけです。《続く》

172 声優になれない呪文 その1

「シャベルテック」を始めて8年以上。臨時講師など含めると100人近い入門者の面倒を見てきたわけですが、もちろん、全ての入門者を成功に導けた訳ではありません。半分以上の人はどんなに手を尽くしても良くならず去っていきました。「声優になりたい」と入門した人たちの内、「声優」だけで生活できるようになるヒトは1%以下です。「150倍以上」という倍率をちょっとでも考えたら、「なりたい自分になれる」的な宣伝文句なんて、私には恥ずかしくて口にする事ができません。 さて、それでは、「なれる人」と「なれない人」の違いってどこで生まれるのでしょう? それは「声優」という存在を知った瞬間です。「なりたい」と思った瞬間にはもう合否が決定しているんです。「声優」という存在を知った時、頭に浮かんだ「声優像」が正確だった人はそのまま上に突き進めます。しかし、想像に「願望」が混じり込んでしまった人は、実際の声優の作業量を自分の期待に合わせて低く見積もってしまいがちです。 やる事なす事全て足りない状態のまま、存在していない目標に向かって突き進んでしまうため、どんなに熱意にあふれていてもいずれコースアウトしてどこかに消えてしまうのです。「シャベルテック」での成功例も、視聴者時代の歪んだイメージの修正に成功した例に限られます。ちょいとスピリチュアルな言い方をさせていただくと、「気づきさえ呼び起こせたら、後は自分で勝手に良くなっていく」ものなんですが、なかなか理屈通りに上手くは行きません。 軌道修正が難しい最大の理由は、問題を抱えた人たちの多くが「気づきたがらない」からです。彼らにとって「声優」とは「自分の理想像のかたまり」です。それを崩すような現実をもし認めてしまったら、その瞬間に目指した理由自体消えて無くなってしまうかもしれません。だからなかなか現実を受け入れる事ができないのです。 ほんの少しでも自分の「空想」を疑わないために、彼らは平気で詭弁を弄します。例えば、無い物をあるとか、ある物を無いとか、無意識の内に大事な物事を無視したり、不要な物事を大事そうに持ち上げたり、無意識の内にそういう「意識操作」をしてしまうのです。 落ちる人はみんな似たような主張をして現実から目をそらそうとします。だから私はそれらの発言をまとめて「なれない呪文」と呼ぶ事にしました。 レッスンの前にこの『声優になれない呪文』を読んでもらうようにしたら、急にレッスン効率がアップしました。今では見学にいらした方皆さんに配布しているのですが、「声優みたいにちやほやされたい」だけで目指した人はこれを読んだだけであきらめてくれます。 あなたは、以下の言葉を考えたり口にした事はありませんか? この内1つでも似たような事を考えたり言ったりした事があるのなら、どうか十分に注意してください。もしかすると、あなたの脳内にある「声優」はこの世には存在していないかもしれません。 さて……『声優の▲▲さんみたいになりたい or なりたくない』『●●●みたいな作品に出たい』「▲▲さん」はもういます。「●●●」はもう作られました。ですからその需要はもうありません。たった今「雇う側」が求めているのは、自分の好みや願望を力説する「モンスター視聴者」ではなく、新しい作品や役を創り上げる事のできる新しい才能です。『最初は誰でも初心者』 これは元々は「ヤマハ音楽教室」が全くの未経験者を誘うためのCMのキャッチ・コピーでした。「声優養成所」はアマチュアの教室ではありません。プロの声優としてやっていけそうな人材をピックアップするだけの施設です。ですから、多くの入門者が期待しているほど「初歩」から教えてはくれません。 冷静に数字で考えてください。 例えば「30分アニメ」って1週間に30本くらい収録されているのですが、1本につき平均8人必要だとすると、200人もいれば足りるって事です。その200人に対して仕事のできるプロが2,000人ひしめいていて、できる人たちだけでも多すぎるから「入所試験」や「オーディション」をしているのです。「声優業界」は、2年くらい新人を入れなくても全く困りません。できない人が頑張ってできるようになる施設も必要としていません。「声優養成所」の授業は、ある程度分かっていて、ある程度できるという前提で始まります。その後ドンドン加速して、ついて来られない人をドンドン振り落としていきます。このスピード自体がすでに1つの「試験」なのです。「できない人」を積極的にドンドン落としていくための施設に対して、「基礎を丁寧に」なんて期待する方がどうかしています。そう考えたら「行く前の勉強」がいかに大切か、想像できませんか?「最初は誰でも初心者」とか「もっと丁寧に教えてほしい」なんて言っている人は伸びません。大抵はあきらめる日まで初心者のままです。《続く》

オンギロン 171【ドラマ用の日本語 7】

- 実は「定番」- ……というわけで、「演技=行動(リアクション)」なのですが、残念ながらこの等式は私が発見したものではありません。 80年くらい前に『スタニスラフスキーさん』辺りが言い始めて以来、『リー・ストラスバーグさん』や『アドラーさん』に継承されて「定番」となり、近いトコだと 故永井一郎さんが『朗読のススメ』という本の137ページ辺りで語ったりしておられます。 つまり、「演技の世界」では定番とか定石と言っても良いくらいの基本中の基本なのです。 ところが、 どういうわけだかこの「基本」を教えている「声優養成所」はあまり多くありません。その理由は? 恐らく「演技」以前に「日本語」や「呼吸法」のできていない入門者が多すぎるからでしょう。そうした基本以前で停滞している内に1年くらいあっと言う間に過ぎてしまうから、肝心の「演技の基本」に到達できないのかもしれません。「原始時代」から始めちゃうから「現代史」につながらない「日本史教育」と似ています。- 声優と俳優が違う点 - 頭に「声の」が付こうが付くまいが、「演技」は「演技」です。 ですから声優も俳優も仕事は同じ、「行動」です。 ところが、「声優」には「マイクの前から移動できない」というキツい制約があります。演技の基本である行動そのものが制限されているのです。 例えば「走っているシーン」の場合…… 普通の俳優だったら本当に走って、本当に息が荒れた所を音声さんが録ってくれますから「演技」としては簡単な方に入ります。しかし「声優」は? 走る事ができません。当然「息」も荒れません。 ただハアハア息をしただけでは走っている感じにならないから、呼吸をちょっと絞って口内に当てて「荒い息」を作り出すというギミックを施さなくてはなりません。 そういうギミックまで盛り込んだ「行動」の連続を、マイクから数十センチ、角度にして15度くらいの範囲内で、しかも前回説明した「順録り、長回し」の段取り内に詰め込んでいかなくてはならないのです。「声優養成所」に入って初めて「セリフ」と言うものをしゃべってみて、自分の言葉がそのままでは「セリフ」にならないと知った時、「声優志望者」のほとんどは驚愕します。「声優になりたい」という願いを込めて「台本」に印刷された自分のパートを読み上げさえすれば、それが「セリフ」になって、聞いている人たちの胸に響くものだと思い込んでいたからです。 中にはそうやってササッと養成所を済ませて「来年の2月の査定に通って4月までには事務所に所属して声優になっている」なあんて綿密な計画を立てている人までいるのですが(けっこう多い)、大抵は「遠大な目標を掲げては毎年失敗」という地獄ループに陥っています。「自分の能力」が試される場で、「自分の能力」に対する評価を加味せずに先の進行スケジュールを決めてしまうなんて、「声優」と言う仕事が見えていない証拠です。- 見えないルール「ドラマ語」- 初心者が初めてアフレコ実習に取り組むと、ほとんどの人は途中で追いつけなくなります。追いつけなくなってしまう原因の大半は、「ドラマの流れ」という「見えないルール」が見えていないせいです。そりゃあ確かにコースが見えていなければ全力疾走する事などできないでしょう。 全体の見えていなかった視聴者が、自分に見えたごく一部分だけを「声優全体」だと思い込んで「志望」してしまった時、長い長い悲劇が始まります。「きっと声優さんっておしゃべりが好きな人がなるんだろうなあ」と勝手に思い込んでしまった視聴者が、「私もおしゃべりが好きだから」とか「私がしゃべる言葉を大勢に聞いてほしいなあ」というお門違いな願望を声優という職業に託してしまった時にも長い長い悲劇が始まります。 こうした悲劇を回避するにはどうすれば良いのでしょう? 見えている部分だけで決めない事。そして、何も予定しない事です。 ただしゃべっただけで「セリフ」のように聞こえる「セリフ」なんてこの世にはありません。あなたの気持ちを込めたってダメです。「役」の、何かや誰かに対する「リアクション(行動)」を再現した上でしゃべらないと、生きた人間が話しているようにはならないのです。「声優の魅力」と言うと多くの人々が「声の魅力」に気を取られがちですが、少なくとも「プロの声優」を目指すんだったら、人々が実際に魅了されているのが「声質」だけではない事に気がついておいてください。

オンギロン 170【ドラマ用の日本語 6】

「何だよ、リアクションリアクションて? 普段の生活でそんなに一々リアクションする事ないし、してる人間だっていないじゃないか!」 そう思ったあなた。正解です。 確かにそんなにしょっちゅう激しくリアクションする人なんて日常世界にはいません。多くの人々はリアクションを「脳内」で完結させてしまいますから、たとえ目の前で大事故や殺人事件が起こってもなすすべもなく茫然と見守ってしまう。 それが「日常」というものです。 でも、「じゃあそんなにリアクションにこだわらなくても……」 と思ってしまったあなた。 あなたがもし「声優になりたい」んだったら、それは不正解です。 なぜなら「声優」は、その「日常世界」に棲む生き物ではないからです。- 非日常が日常 -「アニメ」は「映画」の1ジャンルであり、「映画」は「ドラマ(劇)」という表現方法の1つです。 では「ドラマ」とは?「日常」では起こりそうにない事件をわざと起こして「登場人物」が七転八倒する様子を観せ、「日常」に飽いたお客様につかの間の興奮や解放感を味わってもらうエンターティンメントの事です。「声優…楽そう」という認識で目指してしまった人たちには、この「七転八倒」が見えていません。一番手間の掛かる工程を見落として「しゃべっている」という表面しか記憶に残っていないから、文章を読み上げただけで認めてもらえて、しかもそこそこ稼げる仕事のように見えてしまうのでしょう。「ドラマ」の中でも特に「アニメ」は、非日常的な事件が次々と起きます。だから解決する方も次々と対応していかないと間に合いません。数秒や1行の間に、日常では経験した事のない行動を次々と取らなくてはならないのです。 こうした「声優の実態」を知ると、ほとんどの「志望者」は素敵な人生設計が一瞬にして破綻してしまうのでうろたえます。それであわてて近道を探してかえって道に迷い、そのまま消えてしまう人が多いのです。-「声優」ならではの事情 - というわけで「演技」という仕事は元々忙しいものなのですが、困った事に「声優」には「声優」だけの事情があって、さらに忙しくなってしまうのです。 ちょっと「映画」や「テレビドラマ」の収録現場を思い浮かべてみてください。 シーンの収録が終わると必ず「カット!」と声がかかりますね。「実写作品」は「1カット単位」で収録するのが普通です。「カット割り」しないで続けて撮影するやり方は「長回し」と呼ばれて特別扱いされています。「カット」は、台本通りの順番で撮影されるとは限りません。1日に数カット撮ってしまう場合もあれば、たった1カットを撮るのに1日掛かりなんて場合もあります。 例えば、ロケ先が1日しか押さえられないとか、大掛かりなセットが1回しか組めないなんて場合には、時間経過を無視してその場所が必要なシーンを1回で撮ってしまいます。 このようにして撮りためた「カット」を部品として組み合わせるのが「ドラマ」制作の普通だとすると、「アニメ」や「吹き替え」などのアフレコ収録は「普通」ではありません。 まず、「アフレコ」では「長回し」が基本です。 たとえ映像本体が短い「カット」の集合体だとしても、「声優」はノンストップで演技し続けなくてはならないのです。 例えば、「声優志望者」が声優の職場としてもっともイメージしていそうな「30分アニメ」の現場では、30分を前後半に分けて収録しています。でもそうやって分けても1回の本番は10分以上になります。実写のドラマで「10分越えのワンカット」なんてそうそうあるもんじゃありません。 では収録順は? 当然「順録り」が基本になります。 全然テンションの違うカットがくっついていても、よほど近くて続けられない場合以外は続けて録ってしまいます。「ここは後で」という「抜き録り」もあるにはあるんですが、何となく「しかたないから」という雰囲気になってしまいます。 声の仕事に慣れていない俳優さんが現場で一番違和感を感じるのは、この「進行リズムの違い」でしょう。 映像収録時の「カット収録」の感覚からすると、「アフレコ」の「長回し+順録り」はかなり平板に、長く感じてしまうものです。そうすると「立って本読み」という状態に陥ってしまいやすく、それで台詞全体が平坦になってしまう人が多いのです。 昔「ジャッキー・チェン」のカンフー映画の吹き替えの合間に大先輩の 石丸博也さん がこんな風におっしゃっていました。「向こうは少なくとも1週間は掛けて撮影してるのに、こっちはそのテンションを数時間で再現しなくちゃならないんだから、そりゃ疲れるよ」 そうなんです。観ているだけだと分からないけれど、結構疲れる仕事なんです。

オンギロン 169【ドラマ用の日本語 5】